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ラティハン

ここのところ、
OSHOの『存在の詩』
―タントラのマスターであったティロパが
弟子のナロパに与えた、『マハムドラーの詩』を題材に行った講話―

を断片的に取り上げている。

マハムドラーとは、一体何だろうか。

『マハムドラーとは
そこにおいてあなたが<全体>と分離していない実存の一状態だ。

・・・オーガズムとは、
あなたのからだがもう物質としては感じられないような状態のことだ
それがまさに根底からあまりにも深く波打つために
あなたはそれが物質的なものだということを完全に忘れてしまう

オーガズムにおいてあなたは、もう物質というものが存在していない
肉体のこの最も深い領域へと降りてくる
ただのエネルギーの波
あなたは舞い踊るエネルギーとなる

波打ち――
もう何の境界もない
脈動する――
が、もう実体を持っていない・・・

・・・お互いに愛し合い
お互いに降参し合い
脈動の、波動の、エネルギーであることの
この瞬間に降参し、そしてそれを怖がらなければ
――というのは、それは死のようなものだから

からだが境界を失い
からだが蒸気のようなものになり
からだが実体としては蒸発してしまい
ただエネルギーだけが残るとき――
ひとつのごく微妙なリズムだ

ただしそれはまるで自分がいないかのようだ
ただ深い愛の中でしか人はそこに入り込めない
愛は死のようなものだ

あなたはあなたの物質的イメージに関する限り死んでしまう
自分の肉体だと思っている限りにおいてあなたは死ぬ
体としてのあなたは死ぬのだ

そしてあなたはエネルギーとして
ヴァイタルなエネルギーとして昇華する

・・・ふたりのパートナーが
ひとつのリズムの中に波打ちはじめるとき
彼らの心臓の鼓動も、彼らのからだも一つになり
それがひとつのハーモニーをかもし出す
そのとき
オーガズムが起こる

そのとき、彼らはもはやふたりではない

陰が陽の中に入り込み
陽は陰の中へと入り込み
男が女の中に入り込み
女が男の中へと入り込む

今や彼らは環だ
そして彼らは一緒に振動する
一緒に脈打つ
彼らのハートはもう別々じゃない
彼らの鼓動はもう別々じゃない

彼らはひとつのメロディー、ひとつのハーモニーとなる
それは世に存在しうるもっとも偉大な音楽だ・・・

ふたつのものがひとつになって波打つこの振動を
オーガズムという。

同じことが他の人間とではなく
存在全体との間で起こるとき

それがマハムドラーだ

それが大いなるオーガズムだ』


マハムドラー。

存在全体との大いなる一体感。

私が最も求め、望むこと。

そしてそのマハムドラーが可能となるような試みとして、
OSHOがこの本の中で取り上げていたのが、ラティハンだった。

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