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ラティハン③

何回かやっているうちに、
私は自由にラティハンを楽しむようになっていた。

私は、そのときぴったりとくる、好きな姿勢から始める。

寝ころんだまま始まり、そのまま終わることもある。
手だけが舞のように、パラパラのように?動くこともあれば、
太極拳のような舞が起こることもある。

体全体の動きではなく、雅楽みたいなトーニングが起こることもある。
これ宇宙語かな、という感じの言語をしゃべっているときもある。

ふっと舞も、音楽も、こんなふうに原初は、
その場だけの、そのときだけの一期一会の、
ただただ神さまとの感応によって起こるものだったのではなかったか、と思ったりする。

何にせよ、自分の身体能力の許す限り、自由に表現する。

例え、それがもし傍で誰かが見てたとして、ぷっと噴き出すような、
無様なものだったとしても、全然構わない。

やり進めるうちに分かるのは、
これは、神さまと(「存在」でも、「本来の自分」でもなんでもいいけど)、
自分との一対一の睦みごとだということである。

誰のためにでもなく、
何のためにでもなく、
人に見せるためでも、
何かいいクオリティーのものを創造するためでもなく、

神さまと二人きりに、一対一になって、
めくるめく流れの中で、神さまとぴったり手を重ね合わせて、
神さまが押せば、自分は引き、自分が押せば、神さまは引く、
というような、得も言われぬようなぴったりとしたやりとりを通じて、

ただただ、自分が喜びを味わう。
そのためだけに、するのである。

そして本来、生きるということ自体が、
このようなことだったのではないかと、私は思うのだ。

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