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金星の叡智 ありのままに見る

鞍馬山に行く前、
まだ日程も決まっていない頃、
結構激しい浄化が起こった。

荒れ模様、みたいな心の中を俯瞰してみているうちに気が付いたのである。

「ああ、私は自分のことが嫌いだったんだな」と。

多分、金星は私にたずねていたのだと思う。

「あなたは、自分のことをありのままに感じていますか」と。

自分のことをありのままに感じるとは、
他人にこう見せたいという自分ではなく、
こうありたいという自分でもなく、
努力してスペックを上げた自分でもなく、

もう全部をはぎ取った、かっこつけようもない、
素の自分のことを見るということである。


ありのままを感じるというのは、結構難しい、
勇気の要ることかもしれない。

自分のことは好きでなくてはいけない、
自分を嫌いなことは悪いことだというジャッジが働いたりする。

そのために、自分のことを好きなふりをしたり、

直面するのを避け、目をそむけたまま生きたり、

他人のことに一生懸命になって、
自分のことを忘れようとしたり、

自分を飾り立てて立派に見えるようにしたり、

自分が好きと思える自分になれるように一生懸命努力したり、

自分に対する嫌悪感を、外の世界に映し出して、
自分ではなく外の世界が悪いのだというふうに思い込んでいたりする。

また私は、より大きな自分に戻っていこうとしているのに、
そんな小さなエゴのことなんか気にしていてはいけない、
と思い込んでいたときもあった。
それも一種の、逃げだったのかもしれないと思う。


ありのままを見るというのは、
ただただ、素直に、感じることである。

自分のことをありのままに見て、
もし自分のことが好きではなかったとしたら、

それは、その好きではないという気持ちの中に、
これから変容していくためのヒント、気付きの材料が
たっぷり詰まっているということである。

ただ素直に感じていくことによって、
それらの気持ちは、溶けて、分解して、
それぞれ必要な気付きへと導いていってくれる。

自分にとって宝物みたいなリソースなのである。

以前、チャネラーの千春さん(千さん)に、
「人はそれぞれ、自分にとって必要なことを感じてるよ」と
言われたことがある。

そういう意味だったのか、と思う。

ロールプレイングゲームでは、出会った人やものが
自分を導く鍵やアイテムとなる。

それと同じで、
私たちは、日々、人や環境を通じて起こることによって、
自分を深めていく鍵となるものに、出会い続けているのである。

それは、その人、その時によって違い、
今のその人にとって必要なものが、与えられているのである。

それに気づき、生かすことができるのは、
たった一人しかいない。

自分だけなのである。

それらをうまく生かすには・・・。

自分がそれらに出会ったことによって、自分の中に起こっている感じ、
それを素直に味わうこと、なのである。

素直に感じることは時に怖いかもしれないが、恐れる必要はない。
なぜなら、その感じることに実体はないからである。

感じることは、単なるきっかけである。
自分が必要な場所へ導かれていくためのきっかけなのである。

感じたことは、自分が必要な場所へ移動し、
必要なことに気付けば、消えていく。

本当は、ないことなのである。
だから自由に感じ、自由に味わえばいい。

自分をありのままに見、感じていくことだけで、
大きな変容が起こり、必要な場所まで導かれていくということが起こる。

宇宙はそういうふうにできている。


と、そんなふうに、私は金星からの情報を読み取っている。

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