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2016年10月

イン・ラケッチ

突然ですが、ウェブマガジンというものを立ち上げることにしました。

っても、自分がウェブマガジンと呼べば、そうなっちゃうよね、的な感じの、
超マイペースな、執筆者1人(←私)のウェブマガジンです。

私、好きなことやっていいんじゃない? と思えるようになったとき、
出てきたのが、書くことで表現するのがやっぱり好き、ということでした。

でも、例えば、これから出版関係に就職し、ライター目指すとか、
あるいは、作品を書いて賞に応募し、文壇デビューを狙うとか、
いや、別に、そういうことがしたいんじゃないし。。と思ってました。

で、ふと思ったんですよね。

今は、ホームページだって、自由に持てるし、
Youtubeでチャンネルだって持てちゃう。

やろうと思えば、いくらでも発信スペースはある。

じゃあ、お金が発生するかどうかは取りあえず置いておいて、
自分で発信スペースを立ち上げちゃえばいいじゃん、と。
自分の場所は自分で作ればいいんだと。

そして、今、仕事では、いろいろな音源を聞くのですが、
じわじわと、私もインタビューというものがしたいかも、と思っていたときに、
この人の話を聞いてみたいという人が現れ、
勇気を出してインタビューを申し込み、インタビューが実現しました。

そんなふうに自分が出会った人や出来事を伝える内容のものを、
ウェブ上での雑誌みたいに、編集してご紹介できたら楽しいかな、
と思うようになりました。

更新ペースは、できて月1回くらいかなーとは思いますが、
そして何回続くか分かりませんが、
取りあえず、ちょっとやってみようと思います。


ウェブマガジンのタイトルは、「イン・ラケッチ」。

これは、私がエネルギーワークをやってたとき、
一緒に活動していたワーカーさんたちと、ワークチームを組んだときに
付けた名前でした。

でも、その後すぐ、私がエネルギーワークをやめることになってしまったので、
うまく生かすことのできなかった名前でもありました。

この言葉のことは、ずっと忘れていたんだけど、
雑誌のタイトルを付けなきゃと思ったときに、
なんか天から降ってきたみたいに、思い出したのでした。

イン・ラケッチとは、
古代マヤ語で、「あなたはもう一人の私」、という意味です。

あの頃の私は、この言葉を生かすことができなかったなぁと思います。

でも今なら、多分、生かすことができる、と思う。

というわけで、使わせていただくことにしました。

この前、土井ヶ浜に行った直後、
自分には、もう何もしたいことがなくなったなあ、と感じる期間がありました。

この春頃も、もう何もしたいことがなくなったと感じていましたが、
そのときのそれとは全く違うもので、満たされているから、
もう何もしたいことがなくなったという気持ちでした。

だから、ウェブマガジンもどうしようかなと少し考え、
インタビュー自体が楽しかったから、別にそれをもう、形にしなくてもいいんじゃないか、
なんて思ったりもしたんだけど、いざ作業を始めてみると、
何だか勢いが止まらなくなり、結局、ホームページができてしまいました。

これから私は、何かするかもしれないし、またはしないかもしれないけど、
それは全部、土井ヶ浜のあの砂浜でやったこと、
ただ、それと一つであることを実感するために、
砂浜の感触を感じ、風を感じ、波とふれあった、
あのときと同じなんだろうと思います。

イン・ラケッチ 第1回目の2016年11月号は、
水戸芸術館や、金沢21世紀美術館の立ち上げから関わられた、
元学芸員であり、現在、金沢湯涌創作の森の所長を務められている、
黒沢伸さんのインタビュー特集です。

明日より、連載が17回にわたって、続きます。


私が表現したいのは、これが正しい、ということではなく、
これもある、あれもある、ということなのかなと思います。

そして表面の現象を書くということを通して、
リアルなものがそこににじみ出てくる、みたいなことがしたいのかなとも思います。

よかったら、
イン・ラケッチ、遊びに来てみてください。
スマホでも見られます。

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10月ある日の旅行記③

広島を抜け、山口に入り、車は、ある目的地へと向かっていた。

次第に、その場所が近づくに従って、何ともいえない感情が込み上げてきた。

なんかよく分からない。言葉にならない。

でも、涙が出てくる。

そのとき私たちが向かっていた先は、土井ヶ浜海岸。
数年前から、千春さん(千さん)に行くといいよ、と言われていた場所だった。

そこがどんなところか、全く知らずに行っていたので、
車を降りて、海岸を見渡したときには、その美しさに驚いた。

南の島みたいなマリンブルーの海が遠くまで広がり、
砂浜は、真っ白だった。
行った日はとても天気が良く、刷毛でさっと掃いたような雲が、
青い空にとても映えていた。

それからしばし、私たちはその砂浜で時間を過ごした。

あの海岸で過ごした時間のことを、言葉で表現するのは難しい。

こういう旅では、
気が付く、付かないに関わらず、いろんなことが起こり得ると思う。

何かワークをするとか、ワークが起こるとか、
何かの能力が出てきてしまうとか、
自分の魂の記憶に触れるとか。

もちろん、どれもいい。

でも、今回この場所では、そういうところにはフォーカスできなかった。

私は、ただ、存在していた。

何かが、ずっと、私を大きく包み込んでくれていた。

何かというのは、定義してしまえるような、名前の付くような存在ではない気がした。

その何かは、おおよそ、
普通、他の存在が私を見るときのようには、私をとらえてはいなかった。

これが私です、というようなもの全部を取り払った、
奥の私、何も持たない私、何者でもない私をとらえていた。

それでいて、いろんなものがくっ付いた私のそのまま全てを、
受けとめきれないようなスケールでもって、完全に肯定してくれていた。
その肯定の中には、もし名前を付けて分類するならば、愛とか何とか、
たくさんのものが、一つの流動的な状態になって存在していた。

このように書くと、
何か大きなものから与えられたものを、小さな私が一方的に受ける、
みたいな感じになってしまうのだけれど、それとも違う感じだった。

もっと自然で、差別とか区別がない感じだった。

それは圧倒的なんだけど、でも水みたいに柔らかく、そっとひそやかでもあり、
どこまでも、奥の奥までも染みこんでくるような浸透性があり、
純粋で透明で、全てなのだけれど、それと同様に、まるで無いみたいでもある。

そんな中、私は何をする必要もなかった。

認めてもらうために何かをする必要も、
何かの期待に応える必要もない。

自分の全部を、完全に完璧に肯定してくれるものが、
すっぽりと自分を包み込んでいたら、
何というかもう、何も為す術がなかった。

自然と、ただただ、そのままの自分でいて、包み込んでくるものの中に溶け入る、
みたいなことが起こっていたのだと思う。


私は自分の全部で、今、感じているものに触れたかった。

砂浜を踏みしめた感触、胸に吸い込んだ潮風、
透明で穏やかな優しい波が、足にそっと触れては去っていく、その感覚を味わい、
波打ち際で、慌てて砂の中に潜り込むアサリの姿を見ては、喜んだ。

私は、そういったことを通して、
その何かと一つになっていることを、夢中になって味わっていた。

何もかもがそのままで十分素晴らしく、味わい深かった。

Doigahama

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10月ある日の旅行記②

それは宮島へ行った日の夜のこと。
21時か、22時くらいだったか。
賑やかな笑い声と、車のエンジン音で、ぼんやりと目が覚めた。

宮島の弥山や、厳島神社に行った疲れもあったのだろうか、
夕食を食べ終わる頃には、その後、歯を磨きに行く気力もないくらいに、
意識がもうろうとしてしまっていた。

そのまま、気を失うようにして眠った、その夜のことだった。

私たちは、宮島から1時間ほど走ったある道の駅に車中泊していた。
この道の駅には、私たちの車だけではなく、何台もの車が止まり、

その中で眠る人たちがいた。

そこは、峠の途上にある山深い場所だった。

最初は、夜遅く着いた人の物音かと思っていた。

そのうち立ち去るか、もしくは、眠って静かになるだろうと。

ところが、そうはならず、そのうち、半分眠りながら、
何となく周囲の状況を感じ取っていた私にも、事の次第が飲み込めてきた。

そこはつまり、いわゆる走り屋さんたちの集会場所であったのである。

何台もの車が集まり、集まった人たちは、雑談に興じ、
また、それぞれのタイミングで、改造された車のエンジン音を響かせながら、
峠をドライブしては、帰ってくる。

そういうのを車の中から聞いていて、
さて、と思った。

私は、どう感じているんだろう。

この際だから、自分の感情を点検してみよう、と思った。

怒りは、あるだろうか。

一応、隅々まで見てみたけど、多分、怒りはなかった。

あれはどうだろう、これはどうだろう、といろいろ自分の中を見てみる。

その結果、私には、この状況を変えたいという気持ちも、
その人たちを、どういった形であれ、変化させたいという気持ちも、
ないことが分かった。


じゃあ、私は何を感じているのか。

ありのままに感じてみたら、そこにはこんな気持ちがあった。

この地球は、本当に、いろんな人が集まっている所だなぁ、と。

そして同時に、
いろいろな人が、いろいろな在り方をしていていいんだなぁとも、思った。

でも、ときには、こうやって、全く違う価値観を持っている人たちと触れ合うこともある。
そういう人の考えなり行動なりが、表面的には、自分にとっては、都合がよいとは
思えないものである場合だってある。

走り屋うんぬんの問題だけではなく。

この世界では、本当にいろいろなことが起こる。

そんな中、あらためて、
これから私は、世界をどうとらえ、どう関わっていくの?ということが、
この一件を通して、私に問いかけられているようだった。

以前は世界に対して、これはあるべき姿ではないのだから、
本来の姿に戻っていくために、何かをしようとする自分、というのがあった気がする。

ボディーワーク、エネルギーワーク、祈り・・・
使う道具はさまざまに変わったけれど、ずっとあったような気がする。

それに対して、これは本当の姿ではないのだから、
現実を見ない、とか相手にしない、と教えられたこともあった。

全部が自分である、とかいうとらえ方もあった。


では、今の私は、何を選び取るのか。

それは、シンプルに、ただ感じること、だった。
現実を否定するでもなく、変えようとするでもなく、味わってみる。
自分が何を感じているのかを、ありのままに見てみる。

今の自分をありのままに感じることの中には、
今の自分にとって必要な問いとそして答えが含まれている。

現実は、幻想であるという考え方は、私も賛成である。
そのとおり、と思う。
私は、名前を付けられて生きている今生の私を、本当の私だとは思っていない。

でも、現実それそのものに、真実はないかもしれないけれども、
そういう架空の現実を通して、ありのままに見ていくこと、
体験していくことの中には、ちゃんとしたリアルさがある、と思うようになった。

そのリアルさは、一人ひとり違う。
それぞれが自分のリアルを、それこそリアルに体験するために、
ばらばらの意識で、それぞれの設定の中で、
本質の自分とは違う、仮設定の自分を生きている。

本質の自分で全てと一体になったままでは分からないさまざまな、一つ一つを、
ほんとうの意味において、理解するために。

だから、今の自分がこうやって、こんなふうに生きていることには、
ちゃんとした、有意義な意味がある。

それぞれの現実の自分の設定の中で起こることから、
一つ一つのリアルなものをちゃんと汲み上げ、感じ取らずにいて、
みんなが一つであるとか、大きな悟りのようなものを感じ取れるはずがない、
と私は思う。

もし、みんなのためという視点で見るのならば、
具体的な行動そのものによってではなく、
自分が自分自身を通して、リアルなものを一つ一つ感じ、
それを通して、世界に対する自分なりの理解を深めていくこと自体が、
多分、本当の意味で、みんなのためになるのである。

だからただ、ありのままを感じていればいい。
感じることによって、自分自身の学びや理解を深めたらいい、とそう思うようになった。

私は、この世界での出来事は、
全てが、ただ、それぞれの人がそれぞれに必要なことを感じ取るために、
起こっているのではないかと思っている。

だから多分、その出来事自体に何か働きかけたり、
変えようとしていこうとする必要は、ないのである。

もし、何かその中で、現実的に、具体的に行動していく必要があるのならば、
ハートが、自然に導いてくれて、そうなっていく。

だから、
世界をただ感じていればいい。

世界に対して、目的を持って何かをしようとする必要はない。

それが、私の出した答えだった。

それは、ここ数ヶ月考え続けていたことに対する、答えでもあったことに気がついた。
走り屋の人たちについて、ただ感じることから、その答えが形になっていったのだった。


やがてT君が起き出して、運転席へと向かった。

2時過ぎくらいだった。
どこか静かな高速のパーキングエリアまで車を走らせるという。

T君は、
「あの人たちは、ああやって走ることでしか、
感情の発散ができないんだよね。だからしようがないと思った。」と言っていた。

何だか、T君らしい。

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10月ある日の旅行記①

何だかまたしても、旅に出ることとなり、
10月のある日、私たちは、広島の宮島にある弥山にいた。

厳島神社にほど近い、
弘法大師が開山したといわれる山である。

ここでは、以前ご縁のあったエネルギーワーカーさんが、
先日、大々的な儀式を行ったばかりだった。

確かに、ここには頂上に、そりゃあ儀式やるでしょう的な巨石群があり、
また来る途中も、市杵島姫とおぼしき存在や、なぜか朱雀や青龍などが、
番組予告みたいに現れていたので、
今回は、一体何が起こるのだろうと、ちょっとワクワクしてはいた。

なものだから、
この弥山という山を体験することによって得られた、啓示というか、
インスピレーションのようなものに、私はちょっと面食らったのである。

弥山は、ふもとからロープウエイを乗り継ぎ、
さらに20~30分ほど、徒歩で登る。

週末だったせいか、もしくは観光シーズンだったせいか、
人が多かった。

一歩一歩、味わってという感じにもいかなかったし、
全然スピリチュアルな雰囲気ではない、the 観光的な人がほとんどだった。

外国人観光客も多かった。

そして頂上に着いてみると、岩に抱きついている人もいれば、
危険なので岩に登らないでくださいと書いてあるのにも関わらず、
登って、ウェ~イ、みたいな人たちもいれば、
自撮り棒を使って、弥山の巨石の上に立つ俺、を撮っている人もいた。

ここで、スピリチュアルな荘厳な儀式を行った人もいるかと思えば、
そういう人たちもいる、観光客もいる、いろいろな人がいる、
そして、私は私で、私の体験をしている、その振り幅が、なんか面白かった。

と、そのとき、私が受け取ったインスピレーションは、こういうことだった。

ここには、無限の次元がある。
どんな可能性もある。

そして、みんな、それぞれに自分にとって必要な1つを選び取って、
それぞれに、この場所を経験している。

それでいいのですよ。

それがいいのですよ。

と、そんな感じだった。

そう~なのか~、いや、まぁそう~だよね~?。。みたいな、
何となく歯切れの悪い感じで、宮島を後にした私だったけれど、

そのときのインスピレーションが、その夜起こったこととつながる、
私にとっては、大事な気付きであったのだということに気が付くのは、
もうちょっと後のことなのであった。

Yayama
弥山の巨石の上に立つ俺、を撮る俺。

Itsukushima
干潮の厳島神社・鳥居

つづく

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そして分杭峠②

真夜中にふっと目が覚めた。

車の後部座席を倒すと、人二人が寝られるくらいのスペースができるので、
そこに、お互い上下逆になって寝ていたのだが、
Tくんの膝が目の前にあった。

ふと何となく、膝に触れてみた。

すると、意識が宇宙空間に持ってかれるみたいな状態になった。

およそ、人が人に触っているようなときの感覚とは全く違う。

私は人の肉体に触れながら、宇宙空間を旅していた。

そのうち何となく分かってきたのは、今、自分が、何らかのエネルギーアチューメントを
受けているらしい、ということだった。

それは、その人のありのままに、ありのまま触れていると、
自然に変化が起こっていくようなワークらしい。

最初は、Tくんにそのワークをして、どんな感じのワークなのか探っていたのだけれど、
無意識レベルでワーク参加者を募ってみたら、そこそこの数の人が集まった。

その人たちに、ワークしてみる。

そのうちに、みんなでワークしあったらいいんじゃない?と思いつき、
そのエネルギーが注いでいる中で、みんなでワークしてもらった。

そうすると、ワーク参加者たちが、一人また一人と消えていく。

あれ、どうしたんだろう、みんな帰っちゃった?と思ったら、
それぞれの私が消えて、みんな一つになっていたのだった。

私は、もともとエネルギーワークを、なんでやっていたんだっけ。

それは、それが喜びだったからだ。

交流することが楽しかったからだ。

忘れていた。そんなことを思い出した。


ところで、このワークをアチューメントしてくれている存在は誰だろうか。

と思ったら、赤いアメーバのような映像が見えた。

赤いアメーバのような形態の宇宙人、なんですか?(汗、ちょっと怖い)と思ったら、

そうではなかったようで、それは、赤い惑星だった。

腕のある惑星なので、赤いアメーバのように見えたのだった。

赤いといっても、火星ではない。もっと遠いところにある星。
私たちの天の川銀河の中にあるかどうかも、よく分からない。

惑星の名前が知りたいなと思ってたら、惑星からエネルギーが降り注がれた。

美しいものがいっぱい集まって、ミックスされたようなエネルギーだった。
例えていうなら、まるで、桃とぶどうと、オレンジと・・・
美味しい果物がいっぱいつまった、ミックスジュースみたいだった。

感激で涙があふれ出るくらい、美しくて、美味しい感じのするエネルギーだった。

そこは、素晴らしい意識の星なんだなぁと思った。


早朝から起き出して、諏訪大社の上社、2社をお参りした後に、
茅野にある尖石遺跡へ。

ここは、縄文好きの人には、超オススメの場所である。

資料館の外には、与助尾根遺跡の復元住居や尖石もあるし、

あたりも、ぐるりと山々(八ヶ岳など)が見渡せ、
しっとりとした落葉樹の森の中を散歩できる散策路なども充実している。

何といっても、ここには、
国宝の女神の土偶、「縄文のビーナス」と「仮面の女神」の2体がある。

土器も、縄文らしさが味わえる豪快なものがたくさん展示されていて、楽しめる。


富山へ向かう帰り道、
Tくんが、安曇野にある穂高神社に行きたいと提案してくれたので行ってみた。

そのとき私は、連日いろいろなエネルギーを浴びて、
かなりバテバテになっていたのだけれど、
この神社にいて、休憩していたら、見違えるように元気になった。

ありがたいなぁと思う。

帰り道も、龍は先導してくれている。

今回いろんな次元に行ったので、日常にソフト・ランディングできるようにしてくれているようだった。

そうだなぁと思う。

なんか日常と関係ない突飛な体験として、スピリチュアルがあるのではなく、
日常と境い目なくつながり、いろんな世界と混じり合いながら、それがあるといいと思った。

それが、これからの生活の中の目標の1つになるかもしれない。

取りあえずは、赤い惑星のワークを自分に試してみているところである。

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そして分杭峠①

そして、翌日、私たちは長野県にある分杭峠に向かうことになった。

あのゼロ磁場として一大ブームを巻き起こした場所である。

これまで、行ってみたいと思ったことはなかったが、何だかこの度行くこととなった。

10時位に富山を出て、しばらくすると、
大きい龍が車の前を先導してくれていることに気づいた。

シルバーなんだけど、白っぽい、透明な感じのシルバーの龍。
鱗が大きい。

その龍を見ているうちに、小さい頃、風邪かなんかで熱に浮かされているときに、
頭の中の映像に、銀色の龍が出てきたことを思い出した。

あ、あのときの龍だと思った。

30年以上もの月日を越えて、関わってくれているということに、何だか胸を打たれた。
(龍には時空は関係ないのだろうけども)

車は道を走っているようにみえるけれども、
今回の旅は時空を超える旅だから、その先導をしてくれているとのことだった。


14時過ぎくらいには岡谷のあたりに着いた。

まずは、諏訪大社にお参りする。

この日は、4社あるうちの、2社、春社と秋社を順に回った。

諏訪大社は数年ぶりである。

春と秋とは、本当によく名付けたなと思うくらい、今が秋でも、
春社には春めいたものを感じるし、秋社は秋だ。

私は、春社も秋社も好きだけど、特に秋社が好きだ。

すっきりとした太い、男前なエネルギー。

かっこいいなぁと思う。

好きなエネルギーに触れて、心が湧き立ち、本当に嬉しくなる。

2社に参拝した後、分杭峠方面へと向かった。

予定では、道の駅に前泊し、早朝分杭峠に向かう予定だったが、
まだ17時位だったので、ちょっと行ってみようかということになった。

ここは、通常は、ふもとからは、駐車場の関係で、シャトルバスでしか行けないということに
なっているみたいだ。

私たちが着いたのはもう、シャトルバスも終了した頃だったので、
邪魔にならないだろうから、車で行ってみよう、となった。

大体、こういう場所に、みんなでバスに乗ってぞろぞろ行くって、
私には、何だかしっくりこない。

シャトルバスの停留所を横目に、峠を登る。
くねくねした山道が10キロほど続き、ゼロ磁場地点といわれる場所に到着した。

でも、バスが入る駐車場も入り口も、全部柵が閉まっていて入ることができない。

Tくんがしょうがないよね、という感じで、車をUターンさせた。

まぁしょうがないかな、と私も思った。
「でも、若い頃だったら多分柵越えて行ってたな」という一言が口をついて出た。

じゃあ、行ってみる?行ってみようか。本当に行くの?
多分大丈夫だよ、ということで、ゼロ磁場地点に向かう途中の道の脇に、
かろうじて停められるスペースがあったので、そこに停めて少し歩いて、
ゼロ磁場地点へ向かうことに。

もう薄暗くなりかけていたので、懐中電灯を手に向かう。

駐車場の柵の脇を通り(越えずとも脇を歩けるようになっていた)、
そのゼロ磁場といわれる所へ、歩いていった。

いわゆる山道である。

数分歩いただろうか、開けたような場所があって、
そこに、何段か木でできたベンチがあって、座れるようになっている。

そこが、ゼロ磁場スポットのようだった。

ここがそうなのか~と思った。

私だけなのかもしれないけれど、
他の場所でエネルギーを感じる感覚とは違う感じ方をする所みたいだった。

むしろ、エネルギーを感じるという感覚が、あまりない気がする。

少し迷いながら、ここかなという感じで、小雨の中、二人でワークした。

駐車場に戻る道すがら、上に上る道があって、そこを上がりたくなった。

あとで知ったが、水場という所(第二の気場?)へ向かう道みたいだった。

その上に出た、水場へ向かう途中でもワークした。

もう、あたりは、懐中電灯なしでは見えないくらい暗くなっていた。


途中、日帰り入浴できるところがあったので、そこでお風呂に入り、
最寄りの道の駅に戻った。

そこで車中泊し、翌日は、諏訪大社上社2社と、尖石遺跡へと向かう。

Tくんは、ゼロ磁場スポットで手がピリピリする感覚を味わい、
感覚が開いたみたいだ、という。

私はどう?ときかれ、
そういえば、首が回るようになったなと思う。

実は、前日、急に(エネルギー状の)羽が生えるなどということがあったせいか、
首が寝違えたように回らなくなっていたのである。

そういえば、首が軽い。

ひょっとしたら、病気治しみたいなことも起こり得る場所なのかな~と思った。

しかし、その夜、もっと面白いことが起こったのである。

続く

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能登半島へ②

次の目的地は、珠洲(すす)岬だ。

それにしても、能登の海は、色がすごい。

藍色というか、紺色というか。

能登ブルーとでも名付けたいくらいの。

そんな海に感嘆しつつ、珠洲へと向かう。

Notosea

ここへ来るのも、直観で決めた。

大体、突端の岬とかは、エネルギーワークに適していることが多いように思う。

着いてみると、聖域の岬とかっていうことで、
えらい観光地化していて、びっくりする。

展望デッキに上がるのも、下の洞窟に向かうのも、その先を歩くのも有料らしい。

しかも結構いいお値段だ。

鼻白んだ二人は、お金がかからないエリアへと向かった。

崖の上の林のような所を歩いていたら、下の波打ち際が見えた。

あそこに行けたらいいのにね、と話しながら歩いていたら、
坂道に行き当たり、下っていくと、そこがプライベートビーチのようになっていた。

やっほー!!って感じでそこへ向かう。

浜辺から景色を堪能し、ここでもワークをした。

ワークを初めた途端に、ぷりん、という感じで、私にもしっぽが生えた。

Tくんはといえば、「カラス天狗」と聞こえたかと思うと、
カラス天狗様(よう)の羽が生えた。

まさか、能登に来て、お互い、羽と尻尾が生えるとは。。


そして、帰りの車中、運転している隣のTくんをちらちら見ていると、
どうも、カラス天狗がいる。
それもなんかちっちゃいやつが、左肩のあたりをうろちょろしている。

どうも私たちは、今回の旅で、異次元とアクセスしたみたいだ。

Tくんは、もともとエメラルド・タブレットとか、アルケミーに興味があったので、
そういうのが得意な存在が教えに来てくれたみたいだ。

カラス天狗がアルケミーとは考えたこともなかったけど、
どうも関連しているらしい。

このカラス天狗は、個人教授として、しばらくいてくれるみたいだ。

ビジュアルが結構強烈なので、最初、変なものくっつけてきちゃったかな、
どうやって追い返そうかな、とちょっと悩んでいたのだけれど、
せっかく教えに来てくれたのに、失礼といえば失礼な話だった。

そして、この能登半島への旅はそれで終わらず、次の旅へと続くのである。

そのときの私たちは、まだそれを知らない。

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能登半島へ①

能登半島へ行ってきた。

現在同居しているTくんと二人で、富山から車で向かった。

最初の目的地は、輪島になるはずだったのだけれど、
途中寄った道の駅に貼ってあった地図を見ているうちに、
どうしても輪島ではなく、真脇遺跡という所へ、行ってみたくなった。

ので、ルート変更を申し出て、きゅうきょ、そちらへ向かうことに。

真脇遺跡は、縄文時代の遺跡である。
研究によると、縄文時代の4000年位、この地に人々が定住し、暮らしていたらしい。

行ってみるとここには、環状木柱列を復元したものがあった。

0000006970m

(勝手に画像拝借しました from 能登町役場サイト)

この環状木柱列は、少なくとも6回、同じ場所で立て直された形跡がある、
縄文人にとっては、聖なる場所だったのかもしれない、とされる所。

多分この環状木柱列があるから、ここへ来たのかな?と思いつつ、
資料館から、この場所へと向かう。

この木柱列の真ん中に立ってみた。

ここで何をすればよいのか分かった。

Tくんに声を掛けて一緒にワークをする。

最近、二人で、ほぼ毎日、数分間一緒にワークをしている。
最初は、遊び半分で二人でクンルンネイゴンの真似ごとをしていたのだが、
その内、ふっと思いついて、向い合わせになり、
左右の手のひらそれぞれを上下に合わせて、
二人の間でエネルギーがグルグル回るようにして、瞑想してみたのが始まりだ。

千春さんに聞くと、続けるといいらしいので、続けている。
やっていると、その時々でいろんなことが起こっているみたいだ。

この木柱列の中でもそのワークをした。
 
ワークが終わり、今度は、その脇にある復元板敷き土廣墓に向かう。

そのとき、何だか右の肩甲骨に違和感を感じるなぁと思って、見たら、
右の肩甲骨のところから羽が出てきた(もちろんエネルギー状のである)。

えっ?!とか思いつつ、
復元板敷き土廣墓でもワークした。
そしたら、今度は、左側からも羽が出てきた。

天使の羽なら可愛げがあるのだけれど、ドラゴンみたいな黒い羽である。

まぁ、私らしい。

Tくんには、何か起こっただろうかと見てみたら、しっぽが生えていた。
(もちろんエネルギー状のである)

何が何だか、と思いつつ、次の場所へ向かう。

続く

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